冷麺王宮

 

2004/12/22 (水)

無駄な時間とはどういう時間なのか/つまらないマンガは無駄なのか
▼極端なまでに無駄な時間を嫌う、という人がいる。院にもそのような人がいる。無駄な時間とはその人にとってはどういうのかというと、ぼーっとしてるような時間とか、どうでもいい雑談をしてる時間というのが無駄らしい。基本的には、どういう時間をどういう価値観で判断するかというのは「あれもよし、これもよし」の価値相対主義のこの世の中なので自由だと思う。それを人に押し付けさえしなければ、ね。今の時代、人々は「押し付けられる」という事をわりと嫌がる傾向にあるので、価値観の一方的な押し付けはあまり歓迎されない。

僕はというと、どうでもいい雑談とかインターネットとかぼーっとしてるのとか、あるいは無為に過ごす時間はかなり大好きで、人間そういう時間を持つ事が最高の贅沢の一つとすら思ってるくらいなので、まああまりそういう人とはあわない気がする。見てて忙しいというか無意味な慌しさを感じてしまう。喋ってても、「あーこの会話もひょっとするとこの人にとっては無駄なのかもなあ」と思ってしまうと若干萎えるしなあ。まあ色々な人を見聞しつつ生活している次第です。

というところから派生して、「超つまらないマンガ、糞マンガは無駄かどうか」という論点を考えてたんだけど、上記の価値相対主義からすれば、全ての人にとってつまらないものというのは実質的にほとんどない、と推測されるわけです。まあ「資源の無駄かもしれない」という可能性は留保しつつも、ある人にとっては全然面白くなくとも別の人にとっては人生の価値観を根底から覆されて、明日への希望に満ち溢れる名作なのかもしれないわけだ。多数決アンケート的競争が真の意味で「質」を確保できるかというと、必ずしもそうでもないというのは昨今のジャンプの連載マンガの変遷を見ればわかるのですが、武装錬金は人気ないのかーと残念な気持ちになる今日この頃です。